さんじょーのブログ

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ノマドワーカーの雑多なブログです。

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自由や独創性を盾に、子供や社会的弱者を極端に甘やかす「飴社会」を華麗に斬ります。

私は子どもへの体罰や虐待は許されることではないと思いますし、基本的に子供の人権は尊重した方がいいと考えています。

子どもへの理不尽な暴力や虐待問題がクローズアップされ、人権意識が高まってきたのは、とてもいい流れだと思っています。

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一方で、その流れを「子供に特権的地位を与えること」だと勘違いし、躾を甘くして甘やかすこと、子どもを腫れ物ように扱い、注意しない、怒ってはいけない、という風潮にすり替えることには違和感を感じます。 

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↑通学路で大騒ぎをしないように子供に注意することですら「子供がかわいそう」という溺愛親が反対する始末です。

TPOを判断する能力は、これから社会で生きていく子供にこそ教えてあげる重要な躾だと思うのですが。(そもそも迷惑し、苦しんでいる他の住人のことは考えないのでしょうか?)

 愛情をたっぷり与えなければならない飴社会

今の「個性を潰さない、愛情をたっぷり与えるのが正義」という飴社会の風潮は本当にどうかと思います。

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私は、自分のことを大事にすると同時に、他者へも配慮もする、という社会性や、大人として自立することなどは、飴を与えるだけでは難しいと思っています。

今の「少しでも愛情が欠けてはいけない!」という神経症的な教育は、まるで苦労やトラウマがあったら人生が終わる、という集団ヒステリーのようにも見えます。

歴史的に見ても、今程子供を溺愛している時代はないにも関わらず、です。

 個性、独創性は最低限の社会マナーとセットで成立する

自分を大切にすることと、利害関係のない他者へも配慮する意識は、セットで備えてこそ、共同体を破壊せずに、個性を伸ばす方向へ生かすことができます。

 

子ども(またはお年寄り、女性)に特権的地位を与えて、何をやっても注意しない、伸び伸びと我がまま放題にさせること、は単なるワガママであり、周囲の人にとって迷惑です。

どこへ行くにも親同伴、というのも犯罪が起きている中で、仕方のないことだと思います。

ただ、昔のように子供達だけで行動し、周囲に迷惑をかけて大人に怒鳴られたりしながら、社会マナーや主体性を学ぶ、という機会が失われている面はあると思います。(だからマザコンが増えているのかもれません(;´д`))

女性も甘やかさない方がいい

また、飴社会の結果は、子どもだけなく、女性にも影響していると感じています。

基本的に女性は男性よりもチヤホヤされ、社会に甘やかされる傾向があります。

そのことが、日本の女性の社会進出が遅れている要因になっていると感じます。(教育水準と社会進出が比例しないのは異常)

美人で頭がよくて、経済的にも自立してる女性が少ないのを見ても、そう思います。

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若い時期だけ色を売って、誰かに養って貰えばいいや的な?考えが根底にあるのだと思います。

従属や我慢は、甘えの代償

このような飴社会は、一見本人に対して優しく、愛情がある態度のように見えます。

しかし実際には、本人から自立心と主体性を奪い、能力や知恵を身に着ける機会を奪い、依存心を強め、力のあるものに従属させ、苦労を抱え込ませる要因になっている面があると思います。

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↑ジェンダー規範の押し付けは性差別であると同時に、個人が他の要素を学ぶ機会を奪い、甘やかすことと同じだと思います。

 

私は人が苦労している原因の多くは、幼少期のトラウマや愛情不足などではなく、無知と依存心だと思っています。(苦労やトラウマをバネに、自分の個性と向き合い、成功している人達は沢山います)

また、人に対する思いやりや配慮が欠けるのは、飴だけ与えすぎたことによる痛みや苦労という感覚への無理解、鈍感さが原因だと思っています。

 

苦労すればいい人になる、という単純な話をしているのではなく(苦労して性格がひねくれて、卑しくなっている人も沢山いますし)

極端に何でも許容する、個性を守る、という風潮は、同じように、極端に自己コントロール力、社会マナーに欠ける人格形成を育むことに繋がると思います。

 個人主義、自由の定義は慎重に考える

今、民主主義が成熟期に入り、人権や個性への意識が高まっています。

従来のように、集団的圧力や世間の目という呪縛から解放され、それぞれが主体性を持ち、自由に人生を楽しむことができる時代は素晴らしいと思います。(自民党はそれを破壊しようと仕掛けてきていますが)

 

そのような多様性の成熟期に、自由や個人主義の解釈を誤解すると、共同体の破壊、社会の混乱を生み出す危険性もあります。

  1. 自分の個性を大切にする、自分の権利を意識する
  2. 他者の個性も大切にする、他者の権利も意識する
  3. 自分達の権利だけでなく、利害関係ない他者の権利も尊重する

という意識が大原則として、必要だと感じています。

 

頭の中で自由に考え、発想し、意思表示を他者に対しすることは全く問題ありません。

ただ、それを行動面にも当てはめ、自由に騒ぎまくり、差別的な発想を押し付け、あけすけに個人攻撃をしてもいい、という自由に置きかえると、大変なことになります。

逆差別が起こる理由 

社会的弱者を守るための措置としてのファーストが、いつの間にかファースト対象者の特権的地位、権力の拡大となり、他の人達の権利を著しく剥奪することを、逆差別といいます。

社会的弱者への理不尽な暴力、機会の剥奪は、ファーストしながら守ってあげることが必要ですが、それ以外は、他の同じ社会で暮らす人達と同等です。

自分(達)のことを大切にするのもいいですが、他者への配慮も同じように大切することは重要なことではないでしょうか。

個性、独創性、人権を盾に、ファースト対象者が過度に優遇されることは、トラブルを招き、他の人達を苦しめることに繋がると思います。