さんじょーのブログ

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ノマドワーカーの雑多なブログです。

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私が学校が大嫌いだった理由【減点教育、報酬主義は愛のない教育】

時期にもよりますが、私は基本的に学校が大嫌いでした。

私が学校教育で特に嫌だったこと

  • 教師がやたらと威張っていること
  • 正しい答えが一つしかないこと
  • そしてその正解がすでに誰かに決められていること
  • 部活が強制(放課後まで拘束するな)

でした。特に授業については、

「それについてどう考えるのか?」という視点がない所が不思議でした。(特に歴史なんかはそういう視点なしに学んで何になるんだろう?と感じます)

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暗記重視で、知識はテストで点をとるためのもの、親や教師からお説教されないために詰め込むもの、という感覚を感じていました。

私はもともと怠け者だったこともあるのですが、勉強をする意味が本当にわからなかったです。

優等生と言われている人が先生や親の目の届かない所では平気で人に思いやりのない態度をとっていたり、周囲にちょっとでも違うタイプがいたら考えなしに軽く扱ったり差別したりしているのを見て、不気味でした。

「なんでこの人達は自分で考えないんだろう?」

いつもそう感じていました。(中には考えるタイプの人もいましたが、少なくとも日本では本当にごくたまにしか出会えませんでした)

 

家庭訪問の時、担任の先生に「私は勉強することがいいことだとは思えない。勉強する意味がわらかない」と言って後で親に「先生に何てこと言うの!」とメチャクチャ叱られた記憶があります。

ただ疑問だったので素直に発言しただけで怒られたのは今でも?です(´・ω・)

(ちなみに先生はちゃんと答えてくれました。その後ちょっと面白い生徒?のような感じで何かと構って頂けるようにもなりました)

教師が傲慢、生徒の人間性を踏みにじる

学校の教師だからというだけで生徒を家畜のように支配しようとする教師の傲慢な態度にも嫌気がさしていました。

今ではありえないことですが、校門の前に竹刀もって仁王立ちしていたり「ここは農場か?」と思っていました。

猿山の大将のようでとても尊敬できる先生は多くはなかったです。

ただし、とてつもなく尊敬していた先生はいます。

その先生は思考力重視、多様性重視のポリシーで、生徒の個性を尊重してくれるタイプの先生でした。(しかし教員の中では浮いていたようです)

社会人になっても自分で考えない人は多い

このような教育システムの特徴の影響か、社会人になっても、同じようなスタンスで生きる人が多いように感じています。

  • 世間体や上司や周囲の人の評価さえ落とさなければ(褒められれば)やる、そうでなければやらない。(報酬主義)
  • 法律で罰せられなければいいや(援助交際など)、罰せられるならやらない。

というように自分で善悪の区別をつけられない日和見主義、報酬主義の人が少なくないように感じます。

そのような人はいつも思考停止状態で、何も自分で考えないのだと思います。

権威主義は本質を見誤る

同じようなタイプに著名人や声の大きい人に同調する、尊重する、という権威主義の人も思考停止状態になりやすいと感じます。 

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発言の内容を重視せずに、付属物や勢いで判断すると本質を見誤る可能性があるし、実際に間違った方向へ向かうことも多々あるのではないでしょうか。

減点教育は愛のない教育

生徒の欠点を見つけて補うことを重視する減点教育は、心が狭く、愛のない人間性を育てます。

条件付きの愛を植え付けることで、大人になっても人を値踏みし、セコい愛情しか与えられない人間性が維持され続けます。

昔のほうがヤンキーが圧倒的に多かったのも、条件付きの愛への反発の結果だと思います。

今の教育はかなり改善されている

こういうことを考えていたのは、嬉しいことに自分だけではなかったようで、今の教育現場では子供達の思考力を養うという方向の教育がなされているようです。

スマホが普及した現代において、もう暗記主義は意味なさすぎますからね(;´д`)

 

しかも朝の読書習慣なども実施されていて、ますます思考力と独創性のある子供が増えるのではないでしょうか。

インタビューでも、今の子供はしっかり自分の意見を言えますからね。

ですので今後の学校教育については、沢山の方々の努力により、改善してきているのであまり心配はいらないと思っています。

集団管理教育の洗脳から抜け出せないと危険

それ以前の(1985年位まで?)のガチガチの集団催眠教育を受けてきた人は、思考停止状態になる習慣を身に着けてきた可能性もあります。 

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何をやるにしても自分でよく考えてから判断する、という癖を徹底してみるのもいいと感じます。

そうでないと、ブラック企業にいいようにコキ使われて過労死するまで働いたり、理不尽な(自分と他人両方)言い分に何の疑問も持たない脳になってしまう可能性もあります。

若者とのコミュニケーションの食い違いは「主体性」?

〇〇がこう言ってるから~、こういう慣習だから~、という物言いは無責任な印象を与えますし、ナメられる元凶だと感じます。

もし、今若い人とジェネーションギャップで話がかみ合わない、と感じている方がいるとしたら、「自分の言葉で語っているかどうか?」という点に重点を置いて接してみるといいと思います。

ジェネレーションギャップではなく、主体性ギャップだと捉えればわかりやすいです。

主体性のない人はナメられやすい

一旦自分で考えることが習慣化すると、主体性のない人の意見や、他人を主語にした意見が幼稚に思えて、聞く耳を持ち辛くなりやすいです。

 

ちなみに外国人(欧米人)の知人は、

「日本人と話すと「それはなぜ?どうしてそれをしているの?」とかちょっと話を突っ込んで聞くと、答えられない人が多くて会話が終わっちゃうよ(´д`)p」と言っていました。

今後日本人の誠実さや、真面目さ、優しさを的確に伝えるためにも、自分の言葉で伝える(考える)習慣がつくことはいいことだと感じます。

 

・・なんかよくわからなくなったけど、長くなったので終わります(;´・ω・)