さんじょーのブログ

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ノマドワーカーの雑多なブログです。

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自民党が主導する「全体主義」による、独裁(社会主義化)を食い止めるために個人ができる対策まとめ

以前の記事↓で書いたよう、安部政権下の今の日本は、超保守派であり、自民党は憲法改正や思想コントロールという伝統のお家芸を使い、日本を再び全体主義(軍国主義)へと引き戻そうという意図があることがわかりました。

www.nomado67.com

これは、ファシズム(独裁)への扇動であり、このまま国民全体が全体主義に染まると、日本は民主主義を捨て、社会主義国家になります。

ヒトラーを殺す42の方法(字幕版)

このようなファシズムの渦へ国民が飲み込まれないために、個人レベルでできる対策を検討してみました。

多様性を尊重できる交流関係を10人作る

日本が全体主義に傾きがちな国であることは、昔から変わりありません。

しかし、世の中には多様性を尊重できる個人主義の人達も沢山います。

そういった人達(全体主義に染まっていない人達)を親しく交流する相手として選ぶことです。

人間は周囲の人間環境に大きな影響を受けます。

周囲の人の価値観に染まりやすいでのす。

一人の人間が普段の生活である程度親しく交流できる人数は、せいぜい10人程度だと思われます。

まずは「自分の世界」である、身近な交流関係を多様性を尊重できる人達で固めるのが安全です。(人数は10人でなくてもいいし、自由です)

マスコミ、ネットの情報に触れる機会を減らす

ネットやマスコミには日々、人の意見で溢れています。

全体主義が進めば、溢れかえる人の意見がだんだんと画一的なものになっていきます。

もちろん、中にはそういった風潮に異議を唱えるサイトもあるでしょうが、大抵は多数派の感情論にかき消されてしまいます。 

プロパガンダはマスコミを通じて行われるのが基本

まず政府にとって都合のいい「~あるべき標準モデル」が設定されます。

それらの標準モデルが大々的に祝福され、時には政治家や有名人が涙を流しながら称賛していたとしても、その価値観を絶対視してはいけません。

ひとつのロールモデルを規範とし、他の選択を淘汰する、という風潮は、完全に権威主義の社会主義国家が行うことです。

www.news-postseven.com

コンプレックスの刺激やスケープゴートなど、さまざまなものを利用して仕掛けてくるかもしれません。

www.nomado67.com

それがプロパガンダで、全体主義へと国民を扇動しようとしていないか?注意深く観察することが重要です。

まずは、自分の意見が固まるまでは、マスコミやネットの情報にはできる限り触れないことが重要だと思います。

全体主義を警告するコミュニティを作る

SNSやネット等を通じて全体主義を警告するようなサイトやコミュニティを作り、情報を発信していくことも大事かと思います。

個人レベルでもSNSやブログを通じて主張していくのもいいですね。

ただし、安倍政権は個人の言論の自由さえも奪えるような恐ろしい憲法改正を強引に行っているため、リスクもあります。

www.nomado67.com

各自のご判断でどうぞ。(私のブログの更新が急に途絶えたら、ゲシュタポに連行されたと思ってください(。-人-。) サヨウナラ)

判断力をつけるために歴史を学ぶ

歴史を学ぶことは、政治を学ぶこと以上に大きな収穫があります。

歴史は、それまでの政治が社会にどのような影響を与え、どういう末路を辿ったかを教えてくれます。もちろん、勝者側から歪められた情報もありますが、流れを掴むには最高の教材です。

政治と歴史に焦点を当て、非常にわかりやすく解説してくれている本も沢山あるので、そういう本を読むのも手っ取り早いと思います↓

みんなが同じ行動をとることは不自然だという認識を持つ

人にはそれぞれ個性があり、欲求も行動も様々です。

それにも関わらず、全員が同じ行動をとることは、とても不自然なことです。

日本独自の新卒一括採用のような不自然な慣習の裏には、政府の思想コントロールが必ずあります。(見識を広げ、他の思想を学ぶ機会を奪い、より資本家に従順な社員を採用するため)

そういった慣習に「おかしい」と気づくことが重要だと思います。

 全体主義化した意見のベースは恐怖

全体主義に染まった人が発信する主張は、大部分は愛からかけ離れた感情がベースになっています。

支配欲、競争、恐れ、無力感、嫉妬、依存・・という恐れから派生する怒りという感情がベースです。

自分の身が危うくなるかもしれない、自分は無力な被害者だから損をしている、他の〇〇な奴らが許せない・・

などなど理由は沢山ありますが、動機の主軸は他者を支配(コントロール)、攻撃したい、という気持ちと、上の立場にたち、優越感を得て安心したい、という競争心です。

 

そこに相手の気持ちや相手目線の幸福の尊重、という愛に基づく判断はありません。

 多様性を尊重できる人は、相手の目線にたち、相手を支配したいから、自分(達)にとって都合のいい主張を押し付ける、という行動にはでません。

相手の行動が自分達の利益にそぐわない場合は、相手を変えようとするのではなく、自分の対応を変えるか、システムを変えるか・・という目線で個人の自由意思を阻害しない方法で対策をとります。

無力感、無価値感+恐れ+怒り=支配欲、競争という公式

繰り返しますが、相手を支配したい、相手を拘束したい、という気持ちは、愛ではなく恐れをベースにした動機です。

全体主義に染まってる人の意見には、こういう要素を見出すことができますし、逆に染まっていない人の意見には、こういう要素がありません。

ネット、マスコミに溢れる人の意見の中から、その人がどのような次元から物事を見ている人なのかを把握することで、全体主義の独裁色に染まりにくくなれます。

全体主義に染まった人を相手にしない

自分の主張を発信することは大切ですが、全体主義に染まった人の意見を正そう、と働きかけるのもやめておいた方がいいと思います。

人間は一度信じ切ってしまったことを変えることはなかなかできません。

信じたこと以外のことは偽りであり、間違いだ、という認識がセットされやすいからです。

またそういう人と言い合いをして、余計な消耗をするよりも、多様性を尊重できる、思いやりと優しさを持った人達との尊重し合える、暖かい交流の時間に充てた方が人生の時間が有益になります。

支配、競争、攻撃、依存・・という相手と同じレベルに落ちてしまわないよう気を付けることが重要かと思います。

私も個人攻撃はしません。

ただブログ等を通して、できる限り全体主義の危険性を伝えていきたいと思います。

「愛」とは何か?という質問に答えられる人になる

個人は国の利益のための駒、という戦時中のような殺伐した価値観に染まらないよう、 思いやりや親切という、繊細な感情を忘却しないようにしたいです。

「愛とは何か?」と人に問われたら、即答できるようしておくことも大事かと思います。

私の場合「愛とは見返りを求めない無償のものであり、抱擁と解放です」と答えると思います。

まとめ

全体主義(軍国主義)はファシズムへと流れるため、非常に恐ろしい主義です。

またファシズムは、大衆が熱狂し始めた頃には、もう手遅れであり、甚大な犠牲と被害が出てからでないと止められない、という恐ろしい加速性もあります。

私は戦後、日本が注力してきた画一的な思想コントロールにより、すでに大量の犠牲が出ていると思っています。

鬱病患者数自殺者数の多さは、国家主義の歪みにより、淘汰された人々の自由への代償です。

本来、人間は親切心や思いやりという繊細な感性を持った生き物だと思います。

 

意図的に劣等意識や偏見の植え付けを行い、人々を比較と競争、支配、依存というレベルへ貶めた「思想コントロール」は、許されない行為だったと思います。

 

民主主義国家の政府であるならば、思想で国民を扇動するのではなく、システムや法律を国民の意見や時代に合わせて、柔軟に対応させるはずです。

国民を尊重するよりも、国に強引に国民を従わせようという権威主義をこのまま続けるのであれば、日本は民主主義のようなフリをした、社会主義のままです。

 

もし、このまま日本が全体主義(軍国主義)へと突き進めば、他のヨーロッパ諸国から見放され、AI競争にも乗り遅れ、没落するでしょう。

外国に乗っとられる可能性もない、とは言えません。

私も個人レベルで、外の世界に惑わされない、愛をベースとした、しっかりとした自分軸を強化していきたいと思います。

もう自民党には投票しません(´ω`)

 

 

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