さんじょーのブログ

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ノマドワーカーの雑多なブログです。

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「年賀状カルチャー」をそろそろ本気で終わらせるべき理由。

早いもので、今年ももう年末ですね。

年末と言えば、毎年年賀状の作成、送付作業に追われている方も多いと思います。

  • 年末=12月の終わりまでには年賀状を出さないと!
  • 年賀状は礼儀として出すのが当たり前!

と年賀状作成が無意識レベルの条件反射のようになっている方も多いと思います。

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私が年賀状を出さなくなった理由

私は3年位前までは、毎年年賀状交換をしてくださっている方のみ、事前に年賀状を送付していましたが、2年前位から12月中には全く書かなくなりました。

基本的に年賀状が送付されたら、返事を書く、という受け身のスタイルをとっています。

ただ、今年からは「字が下手で恥ずかしい(´-公-`)滅びよ」「年賀状文化はすでに形骸化しており、もはや多くの人にとって「負担」でしかないのではないか?」という考えが確信に変わっています。

すでに若い層を中心に、年賀状を出さないのが当たり前、という方も増えてはいますが、まだまだ年賀状カルチャーは、当たり前の慣習、社会人としての常識のような顔をして生き残っています。

年賀状文化のデメリット

私が考える、年賀状文化による損害は以下の通りです。

郵便局員の年賀状販売ノルマが大変

郵便局員の方は社員はもちろん、ゆうメイトと呼ばれる契約社員、パート社員でも、年賀状販売ノルマがあります。

その販売ノルマがかなりキツい(圧力がすごい)らしく、知り合いの郵便局員の方は、毎年年賀状販売営業に必死です。(自分でも使いきれない位、大量に年賀状を購入しているそうです)

しかも年賀状は毎年確実に売れなくなってきているので、さらにノルマへのプレッシャーは厳しいらしいです。

  • 売れない=需要がない=年賀状を書く人が減っている=年賀状を送付する文化は滅びる運命

という結末は時間の問題ですし、そろそろ終焉を迎えてる時期にきたと感じています。

需要がない、書きたくない人が大勢いるような形式だけの文化を存続させるために、一般人を大量に巻き込むことは、社会のお荷物(迷惑)以外の何物でもないと思います。

個人情報が心配

年賀状は大抵自宅に送付するので、送る方も、受け取る方も住所を相手に知らせなくてはなりません。

自宅の住所は数ある情報の中でも、特に重要な個人情報です。

「年賀状送るから、住所教えて(´∀`)」と気軽に尋ねるのも気が引けますし、聞かれても、教えるのに抵抗を感じます。

電子年賀がある

すでに電子年賀がありますし、電子年賀ならメールアドレスのみの情報で送ることができます。送る方も送られる方も心理的にも安心です。

しかも紙や運送作業を必要としないので、環境にも優しく、エコです。

家族写真を送りつけて「マウンティング大会」が迷惑

頼まれてもいないのに、一方的に家族写真等が全面にプリントされている年賀状を送りつけて、マウンティングしたい!と意気込んでいる人は迷惑です。

SNSなら自分のアカウント内で自由にやればいいのですが、一方的に送りつけるのはどうかと思います。

www.nomado67.com

特に普段ほとんど交流がないのに、年賀状だけその手のものを送りつけてきた場合、自慢してやりたい!という意図しか感じられないです。

自分の過去への復讐なのかわかりませんが、こういう無神経な人達の不毛な行為が「家族主義」に拍車をかけ、その他の価値観を受け付けない排他的な雰囲気を作りだす元凶になっていると感じます。

まとめ

以上の理由から、年賀状文化は、滅びるべき時期であると感じます。

そもそも形式だけの年始の挨拶に何の価値があるのかがわかりませんが、どうしても送りたい場合は、電子年賀を利用した方がいいと感じます。(費用もほぼゼロ円ですし)

年賀状文化は一部の愛好家の方達の間でかわす、懐かしのカルチャーとして趣味で楽しむべきです。

多くの人にとって負担でしかない年賀状文化からは、降りてしまって全く構わないと感じます。

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