さんじょーのブログ

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ノマドワーカーの雑多なブログです。

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若者が持たなくなったのは「所有」という概念が幻想であることに気づいたからだと思う。

「パラダイムシフト」という言葉は、時代の転換期に人々の価値観や社会のシステムが大きく変わる時によく使われますよね。

「持ちたくない若者」が増えている理由

中でも「最近の若者は車を持たないし、物を買わないし、消費をせず、欲がなく、経済活動が控えめ」という声をよく耳にします。

大量生産、大量消費社会の流れがそろそろ終わりを告げることは、AI化による科学技術の進化とともに、避けられない流れだと感じます。

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 しかし現在の所、まだまだお店にはモノが沢山売られていますし、しかも以前よりも安価で豊富に品物が手に入ります。

それでも買わない、持たない人が増えた、ということは単に収入面が厳しい、という理由以外に精神面の変化が鍵になっていると感じます。

若い世代を中心に「所有」という概念が幻想であることに気づきはじめた、ということが大きいのではないでしょうか。

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所有=自己価値の証明という認識は消失

所有というと、

  • 自分が手に入れたもの。
  • 誰のものでもない、自分だけのもの。
  • =自分の価値の上に上乗せしてプラスできるもの。

自己価値を高める資産となるもの、という感覚が昭和世代までは強かったと思います。

高級車やブランドバックを印籠のように持ち歩いていた時代の感覚です。

不足が解消されれば、所有欲も薄れる

不足と所有は表皮一体の概念です。

豊かな時代になり、戦時中のように「いつモノや所有権が剥奪されるかわからない(だからため込んでおかなくては!!)」という強迫観念を持たない若者が増えてきたのだと思います。

そのため、不足を恐れなくなったと同時に、所有という概念も消失した、とも言えます。

所有とは、侵害されないための保護権

私は所有というものは【他者から侵害されないための権利】だと思っています。

自分の家の中に他者がいきなり入ってきて荒らされたり、強奪されたりしないための、安全と資産を守るための権利です。

人権と同じです。

人権も自分を守るための権利ですが、人権を持っているからといって、「私は人間を手に入れた!人間は自分のものだ!」と誇らしげにする人はいませんよね。いたらちょっと怖いです(;´・ω・)

つまり、法の保護の延長戦上にあるものが所有という概念であり、所有は剥奪から自分や資産を守るための保証書に過ぎないものだと思っています。

土地、家、結婚(配偶者)も同じで、他者に強引に略奪されないための権利であって、所有したからといって、その対象自体が自分のもになる、という考えは倒錯しているように感じてしまいます。

(「トロフィーワイフ」のような女性差別的発言が出てくるのも、所有の概念を勘違いしているからです)

所有する必要性を感じない、自由を奪うリスクの方が重大

若い世代を中心に「ただの権利のために、必死にしがみついたり、必死で追いかけることがバカらしい」と見抜いてしまったのではないでしょうか。

所有=資産という概念は幻想であり、自分のアイデンティティーと混同するのはおかしいし、多くを持ちすぎると管理が大変になり、重荷にもなります。

また、手に入れたものを失うまい!!と必死になってしがみつくことにより、消耗します。

そもそも法治国家ではテロでも起こさない限り、全員が法の保護を受けています。

所有という権利書を買わなくても、身の安全は保障されていますし、略奪される心配もありません。

配偶者も略奪されたくないなら現行の結婚制度を利用するしかないですが、相手の気持ちを無視し、法律だけで無理やりつなぎとめておく、という姿勢はもはや人間ではなくペットへの認識と同等だと感じてしまいます。

貯金型思考、目的型思考から「現在」の在り方重視に

これまで集団管理教育や道徳で教えられてきた貯金型思考目的型思考(楽しみは将来のためにとっておくべき。将来のために今を犠牲にして努力しなければいけない等)が、幸せというゴールに繋がらないということに、他の大人達の結果を観察し、気づいてしまった人が多いのも関係しているのではないでしょうか。

 

幸せになるために、今を犠牲にし、楽しみを後回しにして、今という旬の時間を逃す代償は大きいと思います。

もちろん夢中になれることに没頭するのはいいことですが、自発的であれば努力という感覚はないと思います。(苦労や努力というワードが出る段階で義務的な態度と被害者意識を感じます)

 

「今」楽しむ。

「今」やる。

「今」会う。

「今」なる。

「今」心地よいためにする。

「今」幸せでいる。

「今」ときめくことをする。

 

貯金型思考、目的型思考では何もかもが将来たのめの犠牲の今になり、人間関係でさえも、目的のための手段になりがちです。

帰属欲求と自己価値の分離

帰属欲求は所有に比べたら、まだアイデンティティーと同化させている人が多い印象です。それでも昔よりは重要視しなくなった人が増えたと感じます。

まとめ

  1. 自分+所有(または帰属組織)で自分の価値を底上げという、外部要因で自己価値を証明しなければいけない!という価値観を持つ人が減ってきている。
  2. 不足が解消されたのと同時に、所有という概念が幻想であることに気づいた人が増えているので、モノや土地、ヒトを所有したがる人が減ってきている。

このような精神面の原因も価値観の変化として大きいと思います。

マスコミはスポンサーのために、今でも買え買えPRがすごいですが、テレビの外の世界はとっくにそんな価値観から離れています。

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実存主義は現代的民主主義

つまり、より実存に価値を置く人が増えたのだと思います。

たとえ自分達が経験していなくても、先輩方が合理主義、権威主義、享楽主義に飲み込まれて、消耗し、神経症的な症状をきたしたしている姿を見て「外側に答えはない」ということを看破しているのかもしれません。

 

若者の持たない主義をただ、向上心がない、責任感がない、と一般化するのは簡単ですが、新しい価値基準を採用する人にも、その人なりの見識があると思います。

固定化された関係、固定化された物質資産にこだわる時代から、瞬間瞬間のあり方にこだわる流れに変わってきているのだと思います。

 

もちろん全員がこの先、そのような方向にいくわけではないと思います。(私もミニマリストになる気はありませんし(´Д`;)モノ大好き)

ただし、持たないという生活や価値観を採用してみることも、貴重な体験の一つだと感じます。