さんじょーのブログ

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ノマドワーカーの雑多なブログです。ブログのコメント欄を表示してみました。ブログ運営法など、ご遠慮なくご質問ください(・∀・)荒らしや嫌がらせが増えたら閉鎖する予定です。 どんなメッセージも大歓迎ですが、幼稚な感情論はしたくないので、建設的なご意見のみお返事させて頂きます☆彡

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絆型社会からプロジェクト型社会へ移行するために必要なこと

前回の続きです↓

www.nomado67.com

プロジェクト型社会に必要な要素

個人主義から派生するプロジェクト型社会が成立するには、以下の要素が不可欠になります。

  • 個人の精神的な自立
  • 個人の経済的な自立

経済的な自立については、人それぞれ色々な事情がありますし、誰しもが達成できていなくても構いません。(個人主義なので全員が同じ行動をとることはないので)

 

ただし、精神的な自立は個人レベルで達成していなければならない要素です。

プロジェクト型サポート社会が成立するには、

  • 助けた側が見返りを求めない、主体的な判断で行動する
  • 助けられた側が、助けた人に依存しない

という基本スタンスが必要です。

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私個人の経験をお話します。昔、このプロジェクト型のサポートをしようと試みた経験が何度かあります。

しかし、上手くいきませんでした。

その理由は、助ける側の自分自身に余裕がなく、見返りを求めてしまったこと、そして助けられた側がこちら側に依存し、自立しようとしなかった点です。

お金を貸しても返さず、さらに堕落した友人Aの例

昔ある友人がお金に困っていて、家賃すら支払えないような状態に陥っていました。

「このままじゃ友人がネットカフェ難民になってしまう!(; ・`д・´)」と感じた私は、友人にお金を貸しました。

たかだか20万円程でしたが、当時生活が苦しかった自分としては、その20万円は貯金であり、必ず返して欲しい(返してもらわないと困る)額でした。

しかし、お金を貸した後も友人はお金がないのに、真面目に稼ぐ気配もなく、さらに「お金を貸して欲しい」と強く要求(脅迫)してきました。

結局その友人から貸したお金が返済されることはなく、今では縁もありません。

困っているから・・と自分が無理をして助けても、相手自身が自立する気がなければ無意味なんだな、と感じました。

 

また、もし私が20万円をあげるつもりで渡していれば、腹もそれ程たたかったと思います。

私自身余裕がないにも関わらず、助けなければいけない、という義務意識のみで行動した点が主体性に欠けていたと思います。

寂しがりやの友人の相談に親身になる⇒恋人に昇格していた

また、ある友人に、幼少期に両親に虐待されて育ったために精神的に不安定な友人がいました。

普段の性格は明るく、気遣いができて、とてもいい子でした。

そんな子だから私も親身に悩みの相談にのり、電話やメールにもできるだけ丁寧に対応していました。

しかし、だんだんとその友人からの電話の頻度、時間が長くなり、私も生活が忙しくなったため、毎回は対応できなくなりました。

ある日友人が電話越しに「昨日はずっと体調わるかった。」と言ってきたので「大丈夫?」と答えると、「最近、さんじょーちゃんが相手にしてくれないからじゃん!冷たすぎる!ひどすぎるっ!!」激オコモードで言われ、ドン引きしました(;´д`)

さらに「今変な男に追われてる!」と電話してきたり(結局嘘だった)、虚言癖も目立つようになり、気味が悪くて縁を切りました。

 

親切にしただけのつもりが、いつの間か相手の心の支え、ラバーになってしまっていたのです。

彼女の場合は、家庭環境もありますし、不憫であり腹も立ちませんが、やはりこの先同じようなことがあるかと思うと、手を差し伸べたくはないです。

精神的自立心のない人は絆型のほうが合う

精神的に自立していない人は、絆社会の方があっていると思います。

普段から寄りかかり合い、尊重よりも、一体感、共感性を感じていた方が安心できるでしょう。(ただし、依存対象にされた人は精神的に支配されて不憫です)

見返りを求めない無償の愛は「他人にはムリ」ですか?

「母親の子供への愛は無償で尊い」と言われていますが、なぜそれを他人にもできなのか?という点が集団主義の納得いかない点です。

一回の愛が重く、与える回数は少ないという印象です。

軽やかで、与える回数の多い愛も同じ位、尊いと感じます。

恩があるから、同族だから・・という理由ではなく、単に自分が助けたいから、助けられる余裕があるから、という理由のみで人々が一時的に集まり、サポートをし、解決できたら、いつまでもベタベタせず、サーッと散ってゆく・・

そんな社会こそ、誰も犠牲にしない、愛のある社会だと感じます。

セーフティネットが拡大され、国の予算が減る

プロジェクト型社会が浸透すれば国の予算に頼らなくても、セーフティネットが拡大されます。

すでに日本でも離婚率が増加しています。(3組に1組は離婚しているそうです)

組織を構築し、囲い込み、支え合う絆型コミュニティの維持が難しくなってきているのを感じます。

洗練された人間関係は相手に犠牲を強いらない

私は洗練された社会程、より個人を尊重する個人主義傾向に流れるものだと思っています。

支配、依存、我慢という3点セットの犠牲を支払うことで維持される絆型社会から、自由、自立、寛容をベースとしたプロジェクト型社会に移行するためには、まずは個人レベルで精神的に自立し、主体的に動ける人が増えることが重要だと感じます。

精神的に自立するための基本

自分に素直になること、自分を愛することを他者の義務とせず、自分の責任だと自覚することが一歩です。

精神的に依存心の強い人は、基本的に自分のことが大嫌いです。

自分を認められず、愛せないからこそ、他者からの承認や愛を必要とするのです。

そして思い通りに愛を与えてくれない相手を支配したり、依存し始めます。

これらが過干渉共依存モラハラDVへと発展し、ドロ沼の人間関係を固定させる原因になります。 

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自分と向き合うことから逃げずに取り組み、自分を愛し、自分の意思を尊重できる人が増えれば、他人に対しても、尊重できる人が増えます。

まとめ

自分をないがしろにし、他者の権利も剥奪し、目にも見えず、どこにあるのかもわからない、ふわっとした「絆社会」という呪縛に捉われるよりも、「プロジェクト型社会」という新しい相互扶助の形態を模索してみるのもアリだと感じます(´・ω・)