さんじょーのブログ

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ノマドワーカーの雑多なブログです。

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同棲=不誠実、女性が男性に遊ばれているという解釈は時代錯誤。結婚せずに婚外子を望む女性も増えている。

同棲=遊ばれているだけ、と女性に刷り込む人達

よく、

「いつまで彼氏と同棲してるの!?同棲なんて、ただ男性にとって都合がいいだけ!ちゃんと責任を取るつもりがないのよ!遊ばれてるんじゃない!?」

などと余計な心配をしてくる人(特に年配の方)を今だに見かけます。

同棲=遊ばれている、責任を取るつもりがない、という解釈は、女性にとって結婚が生活保障込みの身売り同然だった頃の時代錯誤な見方だと思いますf:id:nomado67:20170819083706j:plain

今は経済的に自立している女性も多いです。

経済力のある女性が、結婚により生活の保障を得る理由がないですし、むしろ親族間の揉め事や、男性優位の家族制度に取り込まれるのが嫌で、結婚せずに婚外子を望む女性も増えています。

これは日本だけでなく、世界的に(特に先進国を中心に)起きていることで、女性にとって結婚=生活保障(男性が女性の面倒を見る、責任をとる)制度という認識は薄れています。

結婚のデメリット1:慰謝料や財産分与システムが理不尽

また現行の結婚制度では、収入の多い人が収入の低い人と結婚すると、慰謝料や財産分与をごっそり持っていかれる、という非常に理不尽なシステムになっています。

経済力のある女性が収入の低い男性と結婚すると、もし離婚した際、相手の男性に慰謝料や養育費を支払い続けなければいけない状況になるリスクがあります。

 

男性でさえ、慰謝料負担額の理不尽さを嘆く人が少なくないのに、女性があえてその状況を受け入れる行動を積極的に取ることは稀だと感じます。

必然的に、自分で十分稼ぐことができる女性や、資産のある女性は、結婚制度に魅力を感じず、むしろ世間の目さえ寛容になれば、事実婚や婚外子の方が利点が多いと感じる人も多いのではないでしょうか。

デメリット2:親族間のトラブル、男性優位の家族制度

結婚制度のもう一つのデメリットは、親族間のトラブルに巻き込まれるリスクと、男性優位の家族制度に取り込まれ、不自由で抑圧的な生活を送らざる得なくなるリスクです。

今のところ、結婚を機に苗字を相手側に合わせて変えるのは圧倒的に女性の方です。(夫婦別姓も増えてはきているがまだまだ少数派)

基本的に女性が家事、子育てを担い、年老いた義理の両親の介護をすることが当然(嫁としての務め)という認識が日本では根強いです。

経済的に自立し、自由な判断、フットワークの軽さを実現しようと努力してきた女性達にとって、わざわざ家族制度の理不尽なしがらみにとらわれるだけ、の結婚制度に魅力を感じることは難しいのではないでしょうか。

 挑発的な嫌がらせ(独ハラ)の例

もし、結婚しなければ!という意識が強くなるとしたら、世間体や周囲からの評価という体裁面だけです。

  • 結婚しないのは変わっている
  • 結婚は女性の最大の幸せ(という価値観のゴリ押し)
  • 結婚しないのは無責任
  • 結婚しないのは遊ばれているから、モテないから
  • 結婚しないんじゃなくて、できないんでしょ?
  • 女性は弱く、誰かの庇護を受けないと安全には暮らしてけない

という一部の人からの挑発的な感情論に乗った時だけです。

こういう他人からの嫌がらせ(自分が窮屈で我慢だらけの生活をしている恨み節、ろくにモテなかった過去への復讐)を真に受けて、自分にとって不本意な行動に出てしまう必要はありません。

 

もちろん、現代の女性はそもそも賢く、知識力、判断力に優れた女性が多いですので、そのような言葉を真に受ける心配もないとは思いますが、自分達と同じ道を歩まない人、への偏見やバッシングは今だに根強いです。

先にあげたような、

  • 同棲=女性が男性に遊ばれているだけ
  • 結婚=女性が男性に生活の保障をしてもらう、身売り制度

という認識が、時代錯誤で聞くに値しない意見であることに気づく女性が増えればいいな、と感じます。

浅見、挑発的な意見に惑わされないコツ

こういうまやかしの意見に惑わされずに、自分の意思をハッキリと認識するコツは、

「もし〇〇(少数派の選択)が世間的に一般的だったとしら、私はどうするだろうか?」と考えることです。

自分の意向が世間から非難されずに、多数派だった場合、これでいいんだ、とホッとできるのであれば、それが本当に自分の望む選択です。

 

私は結婚制度自体を非難しているのではなく(3組に一組が離婚という現状から、改善の余地はかなりあると思いますが)、

望んでもいないのに、世間体を気にして、行動する、という行為は自分を裏切る行動で、後悔する可能性もある、ということです。

もし考えが変わったら、結婚すればしいし、結婚に魅力を感じなければしなくてもいい。

家族制度のしがらみを受けずに子育てがしたいなら、婚外子を選択すればいい、と思います。

各決断にはデメリットもリスクも伴いますが、自分にそれをするだけの能力や意思があり、望むことなら、世間の古臭い常識など気にせずに行動してしまえばいいと思います。

その内、過去の常識が薄れて、ごくありふれた決断、として人々の好奇の目に煩わされることもなくなると思います。

我慢して人に厳しい人よりも、我慢せずに人に優しい人の方が魅力的

少なくとも私は、やりたくないことを我慢して義務的にこなし、恨み節を吐く人よりも、やりたいことをやって、人にも自分にも優しい人の方が魅力的で好きです。

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ちなみに私は同棲経験がないのでリアルな状況はわからないです。

誰かと毎日一緒の空間で過ごす、といこと自体に魅力を感じないので、週3日、週5日程度の半同棲や結婚が理想です(´・ω・)恋愛も結婚も、無理してまでするものじゃないと思います。

また、たとえ経済的に自立していなくても、結婚を望まないなら、実家暮らしができるならさせてもらい、貯金なりスキルなりを着実に蓄えていく選択もアリだと感じます。

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結婚は相互依存、相互扶助を柱にすべき。愛や恋愛要素は必要ない。

 ちなみには私はこれまでの結婚制度は夫婦の強力な【依存関係】結婚という形態を維持する最大の要であったと考えます。

家事とお金、その他の生活補助を持つ者と持たない者がお互いに支え合うこと、が主な役割であり、結婚において愛や恋愛要素は必ずしも必要ではない、感じます。

 

女性が経済的に自立し、男性が家事ができるようになった今、結婚する男女が急激に減ってきているのが証拠です。

恋愛や出産だけなら結婚制度の中に入らなくてもできます。

そのため、今後結婚制度の改革や新しいバリエーションを作るとしたら、恋愛関係を持つ男女同士の共同生活にくくらず、お互い相互補助し合える者同士の共同生活、という前提条件で制度を作るべきだと感じます。

 

それに限れば、同性同士でもアリになりますし、性的関係のない男女同士の共同生活も結婚とよべると思います。

時間的な永続性と他の人とは結婚できないという選択肢の剥奪による忠誠心を、永遠の愛、子供のため、というフワフワとした要素でごまかすから、結婚後、なんか違うぞ?(; ・`д・´)と気づき、離婚してしまう人も多いのではないでしょうか。

 

はじめから「相互扶助の関係のパートナーである」と自覚していれば、愛や恋愛要素という、本質とは関係のない要素でモメることが少なくなると感じます。

結婚の永続性は終身雇用の崩壊とともに捨て去るべき

永続性に関しては、カトリック教会がゴリ押ししてきただけで、ほとんどの国(キリスト教国家)でさえ守れている人は多くないでしょう。

日本でもその内、アメリカのように二組に一組は離婚、となる可能性は高いと感じます。

はじめから結婚制度自体に見直しをし、結婚の柱を愛ではなく、相互扶助に置き換えるべきだと感じます。

相互扶助の必要がない人は制度を利用しないかもしれませんが、婚外子を望む人が増えているように、結婚という枠組みがなくても、子孫は残せますし、愛することもできます。

 

今後、経済力のある女性が主夫志望のイケメン夫を養い、かわいいお子さんを家事上手なパパが中心に育てる、というのも全く普通のこととなると予想しています。

 

またお子さんがいなくても、男女でなくても、相互扶助が結婚のメインであれば、どんな形のパートナーがいてもおかしくはない、バリエーションに富んだものとなるでしょう。

社会全体のセーフティーネットが広がる可能性

それにより、従来の家制度(家族主義)社会の、排他的で独善的な面に切り込みを入れることもできると考えます。

 

社会全体のセーフティーネット拡大という視点で考えた時、結婚(相互扶助)システムを必ずしも血縁や恋愛関係のみに留めないほうがいいのではないでしょうか。

まとめ

ガチガチに法律に縛られた、囚人システムのような現行の結婚制度が少しでも改善されればいいな、と個人的には感じます(;´・ω・)

 

★この考え方は過去にブログの記事で書いてきた「自立した男女が家事、仕事を共同で行う」という価値観とは異なります。 

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 この価値観もいいと思うのですが「なんか違うな?何かしっくりこない・・理想論のような気がする(;´・ω・)」と感じていました。

そして「そもそも結婚制度は相互依存し合う者同士のために、存在する意義があるのではないか?」という結論に達しました。

本質は相互依存、相互扶助なのに、永遠の愛、忠誠、情熱、という恋愛要素が絶対視されすぎたから、制度本来の存在意義とズレたのではないか?と思いました。

この考えには私もまだ心理的な抵抗はありますし、違和感を覚える方もいらっしゃるかと思います。

ただ、こういう見方もあり得るのではないか?という視点で書いてみました。

少なくとも結婚は勝ち組、独身、離婚は負け組、結婚は女のゴールという浅はかでお花畑なマスコミ(政府)のPRよりは、建設的な意見だという自信はあります。