さんじょーのブログ

さんじょーのブログ

ノマドワーカーの雑多なブログです。

スポンサードリンク

他人に影響されて過度に卑屈になるのは意思が弱いからではなく「頭が弱いから」

世論、常識、多数派など、従来の慣習や多数派の意見と自分の意見が食い違うことってありますよね。

多数派の攻撃を受けやすい例

  • フルタイムの会社員ではなく、働きたい時期だけ働くスタイルに変えたい
  • 主夫になりたい
  • 結婚したくない
  • 同性結婚したい

など、今のところマイノリティとされている考え方やライフスタイルに対し、これまでの常識(すでに古いことが多い)や多数派という盾をかざして批判してきたり、蔑むような発言をする人達はいつの時代も存在します。

f:id:nomado67:20170412012205j:plain

↑自分の考えがあるなら「無職ですが何か?(´・∀・).:*゚」位の爽やかさで受けて立ちましょう!

www.nomado67.com

ちなみに他の処世術↑もご紹介しています。うるさい人には負けたフリしてかわす手法のほうが楽です。精神的に卑屈にならなければ問題ありません。

マスコミ洗脳、恐るべし

特にマスコミなどメディアを通してそのような意見が発せられると、あたかも世間のほぼ全員がそういう考えなんじゃないか?マイノリティの考えを持つ自分はダメなのではないか?という卑屈スパイラルに陥りがちです。

卑屈になりやすい人とそうでない人の違い

色々な人を見ていると、多数派や他人の意見を真に受けて、卑屈になる人は必ずしも自信がない、とか意思が弱いわけではないです。

むしろ既成の概念や多数派の選択では納得できない!という疑問を持つだけの意思と自我の強さを感じる人が多いです。

 

しかしそういう人が何故卑屈になってしまうのか?

一番の原因は、意見や情報を判断するだけの知識力、思考力に乏しいという点があげられると思います。

気の強さだけでは簡単に言いくるめられる

その論理の前提は何か?その前提の根拠は?他の事例の例は?など論理的に筋道を立てて、自分の気持ちと思考を整理し、説明することが苦手なのです。

自信があっても意思が強くても、知識力や判断力がなけば相手の意見に対する多面的な見方ができないので、有利な比較ができません。

 感情論×感情論では多数派が有利

相手の言い分がただの気に食わん精神からくる感情論であっても、自分の意見も感情論の域を出ないので明確に反論することができないのです。

  • なんかムカつく~
  • もやもやする~

という気持ちの根拠や理由を説明できないのです。

そのため感情論VS感情論で多数派の力に屈服し、自分はダメだ、という卑屈洗脳にかけられて無駄にエネルギーを消耗することになります。

価値観は一神教ではない

どんな価値観にも多面的な見方はできるし、根拠を見つけることもできます。

ですのでどちらかの意見だけが絶対的に正しい!という結論にはならないものだと私は思っています。

自分にとっても100%正しいけれど、相手にとっては違うのかもしれない、という結論に行きつきます。

 

ですので、私の場合相手とディベートのように違う見解を戦わせることはあまりありません(相手が好戦的な場合は乗ることもありますが。でも初対面の人はムリ|・ω・`)サッ)

 

特に押し付けてこなければ「へぇ~そうなんだ~(´・ω・)」という感じです。逆にこれまでの自分の常識にはなかった斬新な考え方は面白いと思いますね。

卑屈洗脳に陥りやすい性質や環境をリストアップ

  1. 田舎など閉鎖的価値観のコミュニティに所属している
  2. 活字が苦手で普段ほとんど文字を読まない
  3. 歴史に弱い
  4. 政治の知識がほとんどない
  5. 外国や都会など、他の文化や慣習に触れた機会が少ない

卑屈洗脳に陥らず思考力をつけるためのおすすめの解決法

解決法は超カンタンです。怠け者タイプの人は3番目の方法だけでもOKだと思います。

1.教養を身につける

教養といっても単に数学の数式が解ける、英語のリスニング力など、学習の知識ではなく、幅広い情報を吸収し視野と見識を広げ、参考例に多く触れることです。

 

特に歴史はこれまでの人類がどんな価値観を持ち、それがどう変化してきたのか、ということもわかりますし、日本の価値観の根本のルーツ(儒教など)を知ることで、なぜこういう風潮になりやすいのか、という原因を探りやすくなります。

 

後で自分の感想や考察を文章にして整理するのもオススメです。

偉人の行動や考え方は要チェック

あと偉人の考え方や行動は、とてもいい勉強になります。

ボンクラな一般大衆行動は過熱し、勢いだけでろくでもない方向へ突っぱしることが多いですが、賢明な偉人達がそれらの行動に意を唱えていたのがわかります。

昔の人であってもやはり超優秀な人はすごいです。

2.異文化に触れる

国が違えば価値観もルールも異なります。

イタリアで「こんないい加減でもいいの!?( ゚Д゚;)」と驚愕し、フランスで「こんな口悪くてもいいの!? (´д`;)) 」と恐怖におののいたりすることも、価値観のサンプルを収集するチャンスになると思います。

3.頭のいい人、思考力のある人と会話する時間を増やす

自分で知識を吸収したりするのが面倒な場合は、頭のいい人達と関わり、話を聞くのが手っ取り早いです。

そいういう人は感情論ではなく、歴史的背景や、時代の流れを読みながら、俯瞰的な視点から物事を考察していることが多いです。

少なくとも「なんかムカつく~(-公-`)やっぱこうしとくべきっしょ!みんなしているし!〇〇ならこうあるべきっしょ!(∩´∀`)∩」というような浅い意見は出てきません。

自分が頭がいいか悪いかは、全く関係ない

素直に礼儀正しく接すれば、大抵の聡明な人達は相手にしてくます。

私も昔は、自分の中のモヤモヤした納得いかない気持ちと、他人の意見とのはざまで

「なんか納得いかない!なんか違う!! ε-(=`ω´=)」という思いをくすぶらせているだけで、自分の考えを整理することができずにいました。

 

しかし自分の身の丈を顧みず、優秀な人達との交流を広げていった結果、話を聞いているだけで驚く程、考える力がつき、思考を論理的に伝える力が備わっていきました。

 

(ただし、自分の頭の良さをひけらかしたいだけのKYインテリの話は死ぬ程つまらないので、純粋に会話を楽しめる人を選んだほうがいいと思います)

 

きっと自分の中にハッキリと存在していた思いや意思を、他人に伝わる形で表現できないことに苛立ちを感じていたんでしょうね。

それが自分の意見を支持しきれない、他人の意見を真に受けて卑屈になってしまう原因だったのだと思います。

 

他人の意見がもっともらしく聞こえるのは仕方がないと思います。

だってそれはその人達にとって100%の正解なのですから。

でも、自分にも、自分にとって100%の正解があるはずです。

思考力がないばかりに、反論できず、卑屈になってしまうと様々な選択を誤る可能性がありますし、精神衛生上もよくないです。

 

感情論も時には大切ですが、普段から多数派の意見と対立するのであればある程、どうして自分はそう思うのか?を筋道を立ててハッキリと説明できる位に整理しておくと、気持ちよく過ごせるようになると思います。

論理で説得できても、納得までは無理

基本的に論理では人の心は動かせないし、正当性の根拠になるわけでもありませんが、とりあえずの盾にはなると思います。

論理的に話すことさえできれば無敵!と誤った解釈をして、屁理屈こねて他人に突っかかる面倒くさい人は迷惑だと感じます。(それがインテリ風だと勘違いしてるKYぶりがすごいです)

私も普段は基本的にボケ~(´д`)としてます。

本性は毒舌ですが、理不尽な要求や攻撃をされない限りは非常に穏やかです。口は災いの元ですので。

www.nomado67.com

論理はもぐら叩きのハンマーのように、一時的にうるさい意見をポコッと引っ込ませる位の効力はあります。(ただしまた復活するので、価値観の違いに執着してくる人は無視がベストだと思います)

 まとめ

よくわからない世間体や古臭い常識、気に食わん精神の感情論を一笑できる位の余裕を持ちたいですねʅ(◔౪◔ ) ʃ

歴史を見ても大衆が賢かったためしはほどんどありませんので、多数派の意見は100%は信頼しない、位でもいいと思います。

f:id:nomado67:20170627110908p:plain

www.nomado67.com