さんじょーのブログ

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ノマドワーカーの雑多なブログです。

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隠居はしたくないけれど、俗世間からは離れて生活したいです。

私は約7年程前から、俗世間から距離を置いて生活したい、という夢を持っていました。

人間は基本的に愛すべきものだと思うし、色々な人に支えられて生きていて、感謝しなくてはいけません。

しかし世間の渦の中に入り込むとあまりにも傲慢で、無知な人達が目についてしまい、時々人間が嫌いだと強く感じてしまいます。

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私が人が嫌いだと感じる瞬間

  • 常識や慣習を根拠に自分の意見を他者に押し付け、他人を傷つけることに何の疑問も持たない人が多すぎる

常識や慣習は誰かが決めた、時代によって変わる、ただの相対的な価値観です。

それにも関わらず、まるで自分が「この世の真理を知り尽くした神」にでもなったかのように、傲慢に意見を押し付け、他人を追い詰めたり、攻撃する人を見ると、強い嫌悪感を感じてしまいます。

他人や自分をすぐに比較し、値踏みする、競争意識が強すぎる

この世界は相対的なものなので、他人との比較によって自分や他のものを把握する、ということは仕方ないし、自然なことだと思います。

しかし他者比較の末に、結局どちらが上か?下か?どちらが正しいか?間違っているか?

という二者択一のような狭い視野に落ち込み、人を値踏みしたり、卑屈になったりしてネガティブな発言をまき散らす人が多いのが嫌です。

そのような思考パターンが人の嫉妬深さ、競争意識、という殺伐とした空気を生み出す元凶だと感じます。

自分とは違う素質、環境、価値観を持った人を見て、自分と比較するよりも、違いを楽しむ余裕が持てれば、こんなに嫉妬深い人を沢山生み出さずに済んだことだろうと思います。

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ゆとり教育万歳!モノや組織で自分を証明する時代は終わった

私達は学校教育の段階で、競争、減点評価という基準で常に値踏みされてきました。

体育では少しでも早いタイムを、勉強では少しでもいい点数を、周りのレベルが高ければさらにいい点数を稼がなければ、落ちこぼれとみなされ、周囲の誰かから責められたり、お説教されたります。

つまり、競争で勝たなければ「自分には価値がない」というラベルを誰かに勝手に貼られてきたのです。

常に競争するように仕向けられ、何の疑問も持たずにそのレースに参加し続けてきた人にとっては、競争意識や他者比較による嫉妬、劣等感の連鎖をやめることは難しいことかもしれません。

しかし時代は変わってきているし、今の若い人達を見ても、もう帰属欲求世代のように、他者を押しのけて、競争して、自分の価値を証明しなければ・・!という感覚は古臭いです。

競争意識と画一性の押し付けは、ブランドバッグを印籠のように持ち歩いていた80年代以前世代の負の遺産でしかないと思います。 

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自分の考えが他者にとっても100%正しいと思うことは傲慢

人は神様じゃないです。自分の意見が100%相手にとっても正しいという態度は傲慢で無知すぎると感じます。

無職は悪で、働いていることが正義?

例えば、無職だからこいつには何を言ってもいい、責められて当然だ、〇〇なんだから、ダメなこいつを正してやらなければ!というような恐ろしくゆがんだ正義感を振りかざし、他者を追い詰める人がいます。

たとえ真面目に会社に通っていても、影で悪いことしている人はいくらでもいます。

勤労というプロパガンダにのせられて、個別に判断する能力を放棄するのは無責任な態度だと思います。

そのような人は弱っている人や、苦しい状況にいる人にさえ、相手を責めたてるような発言をしたり、自分の主観で判断しただけの正しいと思い込んでいる方向へ相手を促すよう諭したりします。

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そのような態度が人をどれだけ苦しめるのか、傷つけるのか気づいていない鈍感さが嫌です。

価値観の違う人とは付き合えるが、価値観の違う人を否定する人とは付き合えない

環境や価値観が違っていても、お互いの価値観を別のものとみなし、尊重できる人とは付き合えます。

しかし、自分と違う、マイノリティというだけで、間違っている、とか気に食わないという態度で批判してくる人とは付き合えません。

俗世間を見ていると、相も変わらず、他人の価値観に干渉し、自分の我を押し付け合い、他人に嫉妬し、醜い競争心をむき出しにしている人達が沢山いて、「あーまだまだ関わりたくないなぁ(;´д`)」と思ってしまいます。

 

ブログを書く人達の中には、柔軟で開明性のある人の意見も多く、こんな人達が沢山いたらいいのにな・・(´д`)と思うこともありますが、まだまだ俗世間の視野は狭く、くだらないことばっかりしている印象です。

 

もしかしたら私の心の中にも、そういう感情があって、だからそういう人達が余計に目につきやすくなっているのかもしれません。

でもそれが内側にあるとしても、外側にあったとしても、受け入れるのは難しいです。

まとめ:私の当面の理想のスタイル

半引きこもり生活をしながら(俗世間とは距離を置きながら)適度に社会と関わる

フットワークの軽い引きこもりでいたいです(´・ω・)

 

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